B女史は、今も大活躍です。
風薫る五月もそろそろ終わり。
関東甲信越地方も梅雨入りをしました。
この季節になるとどうしても思い出す話があります。
以前、別のブログでアップしたお話ですが、もう一度アップします。
松任谷由実の「緑の街に舞い降りて」という曲が僕は好きなのですが、
その曲にまつわるおはなしです。
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「6月の花嫁」
僕は30代の半ばまで、鎌倉に住んでいた。
その頃、よく通ったお店があった。
若宮大路の一の鳥居の側にあるバー。ほとんどの金曜日の22時を過ぎてからは、僕はそのカウンターで数時間を過ごした。
その夜は、友人B(女性!)と二人でお酒を飲んでいた。残念ながらガールフレンドではなく、本当の酒飲み友達だった。
そしてその夜は、当時僕が勤めていた会社のM氏も、23時を過ぎた頃、その席に加わった。
僕の左隣に座ったM氏は、複雑な名前のカクテルを飲みながら、独白を始めた。
「僕は、彼女と賭けをしたんだよ」
僕とB女史は、まずは適当なところで相づちを打つことからはじめた。
………
Mが、その女性に会ったのは、その時からさらに2年前のこと。
場所は、松任谷由実が「緑の街に舞い降りて」で、名前の響きがロシア語のようだった、と歌っている街だった。
Mは、テレビ番組を作る仕事で、その街の放送局を訪れた。
そして……その放送局の女性ディレクターと恋に落ちた、会って3秒後に恋に落ちたらしい。
彼女のことは、名前のイニシャルからYとしておこう。
Mの気持ちは、3秒後からYに釘付け。打ち合わせも上の空。
打ち合わせの後の、お決まりの会食とオフィシャルな2次会が終わったら、Mは猛烈にYを誘った。そこは押しの一手。自分が宿泊しているホテルのバーまで連れ出した。そのバーの営業終了は朝の5時。
何と、Mは、Yにプロポーズをした。
驚くことに、YもMに一目惚れをしたらしい。
(そりゃそうだ、いくらMの押しが強くても、一目惚れくらいしていないと、ホテルのバーで朝まで一緒に飲まないって)
そして彼女の答えは
「ありがとう。すごく嬉しい。今日はじめてあったのに、私もあなたが大好きになっちゃった」
あまりにも嬉しいその答えに、Mが彼女を抱きしめようとした瞬間、
どうしたことか、彼女は、突然泣き出した。
「どうして1週間早く来てくれなかったの」
彼女はちょうど1週間前に、会社の同僚と結婚する約束をしてしまったのだ。
その相手は同期の番組ディレクターで、数年間結婚してくれ、と迫られつづけていたそうだ。
彼に対して恋をしているわけではなかったが、家族から早く結婚しろ、と言われていたのと、26歳でもう行き遅れている(26歳で!? 20年前の話しだけど、その当時でも、26歳はまだまだ若い年齢だった。おそらく地方性の問題だろう)と思っていたことで、彼の長年のプロポーズに首を縦に振ってしまったのだ。
そして、わずか1週間後に、Mという運命の男性に会ってしまったのだ。
MとYは、会ったその日に、恋に落ちてしまった。激しく、深く。しかし彼女には、結婚を約束した相手がいた。
それからが大変だった。
彼は「そんな嘘の結婚は止めてしまえ」と言う。彼女は「そうしたい。そうする。でも、いい人なの、どうしよう」と悩む。結婚を約束したかれのお父さんは、その街の市長でいわゆるセレブ。そのことも彼女を悩ました。迷惑がかかる……。
しかし、恋はさらに深くなった。ロシア語みたいな名前の街には大きなスキー場があった。彼は、雪が降ったと聞くと、夜行寝台に飛び乗った。雪で滑る道を、体を寄せて歩いた。
上野発の夜行列車だ。
夏になったら、彼女がMを訪ねてきた。当時Mは、僕のアパートの近所に住んでいた。夏のビーチに、僕と僕のガールフレンドと、Mとその彼女の4人がデッキチェアーに並んで横になり、太陽と遊んだ。
夏が過ぎて、秋がきて、そして、その街は再びスキーシーズンを迎えた。
12月、雪がどっさりと降った日。その日は両家の結納の予定日だった。僕の友人は、ロシア語みたいな名前の街にホテルの部屋を取り、彼女を監禁した。彼女は「行きたくない、ここにいたい」といいながら、仕事に行くように、数時間で結納を済ませて、また部屋に帰ってきた。
いったい、女という生き物は、よくわからない。
春がきて、東京より一月遅い桜が咲いた。結婚式が、1ヶ月後に迫ってきたある日のことである。彼と彼女は、その街の近くで活躍した童話作家の作品の名前がついた喫茶店で、最後の話し合いをした。
「君はこのまま、結婚するつもりか」「したくない」「でも、このままじゃ、ずるずる結婚しちゃうぜ」「そんなことは無いと思うけど……」
そして最後に彼女は、彼に言った。
「あなたが結婚式場に、私を奪いに来て。ダスティン・ホフマンになって。私、あなたに賭ける。私を賭ける」
彼女の結婚式は、その街の山上のあるホテル。朝10:00。その街の山の上にあるホテルの式場。当日の朝、上野を早い新幹線で発ってもギリギリ間に合ったが、Mは安全策をとった。前の晩の上野発の夜行寝台に乗れば、朝の7時過ぎにその街に着く。
その夜行寝台は、冬に彼女に会いに行った時、何度も乗った列車だった。
朝の7時にその街に着いたら、そのためだけに予約したホテルでシャワーを浴びて、ダスティン・ホフマンになる準備をする。そして、タクシーで山の上のホテルに駆けつけて、彼女を奪いに行く。
Mの計画は完璧だった。
ただし彼女の結婚式が、スキーシーズンに行われたのであれば。
結婚式は6月。その夜行列車は、スキーの季節しか、ロシア語みたいな街を通らない。6月は、もう1本、海沿いの路線を走るのだ。
6月の花嫁は、幸せになるという。彼女は、今、幸せなのだろうか。
Mの話は、それで終わり。
彼は、それからしばらく、宮沢賢治の童話が読めなくなり、ダスティン・ホフマンの映画が見れなくなったということだ。
僕とB女史は、その話しで、その晩は随分盛り上がった。いつもは自分からは会話に割り込んでこないバーテンも、何回か絡んできた。
「早く忘れようぜ、落ち込んでも仕方ないんだから」と僕が言う。
「そうだそうだ、忘れろ忘れろ」とB女史があおる。
「そうだな、忘れることにするよ」
「忘れろ、忘れろ、かんぱーい」さらにB女史が続けた。
この話には別の後日譚がある。
Mに、その話は忘れろ、と強く主張したB女史。
数ヶ月後に彼女は、僕の友人の恋愛話を題材にして、小説を発表した。B女史が直木賞を受賞したのはその発表から、数ヶ月後のことだった。
Bが受賞した数日後、そのバーに3人で集まって、お祝いをした。もちろん宮沢賢治とダスティンホフマンの話は、禁句。
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